2010年 08月 15日
9.孫の雷太鼓
秋田の夏祭り「竿燈」の季節になると、いつも思い出す相談者のことがある。それは、今年と同じような猛暑日が続いた5年前の夏のことであった。街の辻々から「ピーピー、ピーシャララ、ピーシャララ、ピーシャララ」と竿燈のお囃子の笛の音が流れていた。勇ましい太鼓の音も聞こえてくる。竿燈の開催が間もないのだ。あれから月日が流れたのに、猛暑の季節になると決まったように、あの時の相談者のことが一枚の絵のように映像となって思い出される。電話だけの相談だが、その場に遭遇したかのような臨場感と共に脳裏に浮かんでくるのである。
猛暑日の午後のこと。公園の木陰で本を読んでいると携帯電話が鳴った。
日曜日で事務所が休みなので、私の携帯電話に転送されたのである。
「だんなさん、話を聴いていただけますか」
年配の女性の声であった。
「いいですよ。どちらから電話をかけていますか」との問いに
県の北部に位置するメロンの産地の町の名前を告げた。
「いま、畑で仕事をしていたら、急に思い出して、話を誰かに聴いてもらいたくなったのです。このまま話してもいいですか」
農家のおばあさん風の純朴な話し方である。声に張りがある元気な明るい声であった。60代の後半か、70歳位か・・・。
「いいですよ」
「実は、息子が2年前に自殺しました。商売をやっていたのですが、借金に追われていました。裏の小屋で死んでしまったのです。家族に優しい子供でした。息子が死んでから、悲しくて、悲しくて、顔を思い出しては毎日泣いていました」
といって40代後半で息子が自殺したときの状態を話した。母親である自分が第一発見者であった。
「嫁さんは働きに出かけております。孫は私が面倒をみています。」
といって孫は女の子であること、年齢は小学生に入る前であることを告げた。
「息子は親孝行息子で、家計を支えてくれていました。商売がうまくいっていないことは聞いていましたが、まさか自殺するとは夢にも思いませんでした」
「・・・・・」
「息子のことを毎日思い続けているうちに、私も息子のところに行こうと思うようになったのです。取り憑かれたようになって、死ぬことばかりを考えていました。仏壇の写真に向かい、涙を流しているうちに死ぬことが怖くなくなったのです」
「・・・・・」
上を見上げると、濃い緑の葉の隙間の上空は猛暑の青空であった。
「息子が死んだのはちょうど夏の今頃のことです。去年の夏、畑でスイカを取っていたら急に、頭の中が息子の顔でいっぱいになりました。『お母さん・・・』と息子が呼んでいたのです。思い立つように息子のところに行きたくなったのです。それから何をしたか。意識がなくなってしまいました」
「・・・・・・」
「畑から自宅まで、どうやって帰ったのか、記憶がありません」
「・・・・・・」
「気がついたら、自宅の裏の小屋で首を吊ろうとしていました」
といって、次のような情景を話した。
畑から自宅までは徒歩10分位の距離である。集落の少し奥まったところに自宅があり、同じ敷地の裏側に平屋建ての小屋がある。小屋の庇の下に木製の「味噌樽」が二つ並んでいる。昔、自家製の味噌を作ったときに使った樽が。樽の底を天にむけて・・・。高さが1メーター位の大きな「味噌樽」に這い上がって、庇から張り出している垂木に縄をかけた。首を吊ろうとしたのである。縄をかけたことも、「味噌樽」に這い上がったことも全く意識はなかったという。
「その時に、どこからか笑い声が聞こえてきました。子供の笑い声でした」
死んだ息子が残した孫の笑い声であった。近所の子供でも遊びにきているのだろうか。
「二人の女の子が大きな声で『ケラケラ』と笑う声が遠くから聞こえたのです。それから『カランコロン』『カランコロン』と「雷太鼓」が鳴る音が聞こえました。雷太鼓の音で我に返ったら「味噌樽」の上に登っている自分がいました。首の下に縄がブラーンと下がっています。円形の縄が顔を包むように・・・」
死にたいという感情が意識の底に沈殿して自殺を計ったのであろう。
孫娘が叩いた「雷太鼓」の音で我に返ったのである。
「我に返って、首の下から縄をはずしました。それからその場にしゃがみこんでしまいました。そうしたら思わず笑いが込み上げてきたのです。自分のやったことが可笑しかったのです。味噌樽の上で、大声で笑いました。それから涙が出てきて止まりませんでした。あの時から憑き物が落ちたように元気になりました。いまは畑仕事も楽しいし、孫も大きくなって『おばあちゃん。おばあちゃん』とからみつきます。可愛くてしようがありません。あと絶対あんなことはしませんよ。でも私のいのちを救ってくれたのは、孫の笑い声と雷太鼓の音です。孫の笑い声と雷太鼓の音が聞こえなければ私は死んでいたと思います。誰かに聞いてもらいたいと思いながら、長い間我慢をしていました。畑仕事の途中に突然話したくなって旦那さんに電話しました」
今年も猛暑日の夏になって、この相談者のことを何度も思い出した。名前も聞かなかったし、年齢も不詳のままであるが、県北部のメロンが美味しい町の集落で起きた、孫に命を救われたお婆ちゃんのいのちの物語である。
猛暑日の午後のこと。公園の木陰で本を読んでいると携帯電話が鳴った。
日曜日で事務所が休みなので、私の携帯電話に転送されたのである。
「だんなさん、話を聴いていただけますか」
年配の女性の声であった。
「いいですよ。どちらから電話をかけていますか」との問いに
県の北部に位置するメロンの産地の町の名前を告げた。
「いま、畑で仕事をしていたら、急に思い出して、話を誰かに聴いてもらいたくなったのです。このまま話してもいいですか」
農家のおばあさん風の純朴な話し方である。声に張りがある元気な明るい声であった。60代の後半か、70歳位か・・・。
「いいですよ」
「実は、息子が2年前に自殺しました。商売をやっていたのですが、借金に追われていました。裏の小屋で死んでしまったのです。家族に優しい子供でした。息子が死んでから、悲しくて、悲しくて、顔を思い出しては毎日泣いていました」
といって40代後半で息子が自殺したときの状態を話した。母親である自分が第一発見者であった。
「嫁さんは働きに出かけております。孫は私が面倒をみています。」
といって孫は女の子であること、年齢は小学生に入る前であることを告げた。
「息子は親孝行息子で、家計を支えてくれていました。商売がうまくいっていないことは聞いていましたが、まさか自殺するとは夢にも思いませんでした」
「・・・・・」
「息子のことを毎日思い続けているうちに、私も息子のところに行こうと思うようになったのです。取り憑かれたようになって、死ぬことばかりを考えていました。仏壇の写真に向かい、涙を流しているうちに死ぬことが怖くなくなったのです」
「・・・・・」
上を見上げると、濃い緑の葉の隙間の上空は猛暑の青空であった。
「息子が死んだのはちょうど夏の今頃のことです。去年の夏、畑でスイカを取っていたら急に、頭の中が息子の顔でいっぱいになりました。『お母さん・・・』と息子が呼んでいたのです。思い立つように息子のところに行きたくなったのです。それから何をしたか。意識がなくなってしまいました」
「・・・・・・」
「畑から自宅まで、どうやって帰ったのか、記憶がありません」
「・・・・・・」
「気がついたら、自宅の裏の小屋で首を吊ろうとしていました」
といって、次のような情景を話した。
畑から自宅までは徒歩10分位の距離である。集落の少し奥まったところに自宅があり、同じ敷地の裏側に平屋建ての小屋がある。小屋の庇の下に木製の「味噌樽」が二つ並んでいる。昔、自家製の味噌を作ったときに使った樽が。樽の底を天にむけて・・・。高さが1メーター位の大きな「味噌樽」に這い上がって、庇から張り出している垂木に縄をかけた。首を吊ろうとしたのである。縄をかけたことも、「味噌樽」に這い上がったことも全く意識はなかったという。
「その時に、どこからか笑い声が聞こえてきました。子供の笑い声でした」
死んだ息子が残した孫の笑い声であった。近所の子供でも遊びにきているのだろうか。
「二人の女の子が大きな声で『ケラケラ』と笑う声が遠くから聞こえたのです。それから『カランコロン』『カランコロン』と「雷太鼓」が鳴る音が聞こえました。雷太鼓の音で我に返ったら「味噌樽」の上に登っている自分がいました。首の下に縄がブラーンと下がっています。円形の縄が顔を包むように・・・」
死にたいという感情が意識の底に沈殿して自殺を計ったのであろう。
孫娘が叩いた「雷太鼓」の音で我に返ったのである。
「我に返って、首の下から縄をはずしました。それからその場にしゃがみこんでしまいました。そうしたら思わず笑いが込み上げてきたのです。自分のやったことが可笑しかったのです。味噌樽の上で、大声で笑いました。それから涙が出てきて止まりませんでした。あの時から憑き物が落ちたように元気になりました。いまは畑仕事も楽しいし、孫も大きくなって『おばあちゃん。おばあちゃん』とからみつきます。可愛くてしようがありません。あと絶対あんなことはしませんよ。でも私のいのちを救ってくれたのは、孫の笑い声と雷太鼓の音です。孫の笑い声と雷太鼓の音が聞こえなければ私は死んでいたと思います。誰かに聞いてもらいたいと思いながら、長い間我慢をしていました。畑仕事の途中に突然話したくなって旦那さんに電話しました」
今年も猛暑日の夏になって、この相談者のことを何度も思い出した。名前も聞かなかったし、年齢も不詳のままであるが、県北部のメロンが美味しい町の集落で起きた、孫に命を救われたお婆ちゃんのいのちの物語である。
# by npo-kumonoito | 2010-08-15 10:03 | 自殺予防


by